最近、死について考えることが多くなりました。

恋愛のもつれから刺し殺したり、交通事故で突然命を奪われたり、悲しい事件をよく耳にするようになりました。

私たちは当たり前のように明日があると信じています。

しかし、本当に明日も今日と同じ平和な一日が来るのでしょうか?

私たちは忘れてはならない、しかしほとんどの人が忘れている3つの事実と向き合わなくてはなりません。

忘れてはならない3つの事実

1. 私たちは必ず死ぬ

永遠に生きる人なんて存在しないのです。こんな当たり前の事実をみんな忘れているように思えるのです。
そうでなければ、「大学さえ受かれば」「いい会社に就職さえできれば」「貯金が1000万円溜まりさえすれば」などと言いつつ、我慢し続けている理由がわからないです。
受験勉強中でも、就活中でも、貯蓄をしている時でも、人生を楽しんではいけない理由などないのです!
すごく綺麗な女性に声をかけてみるのもいいですし、スカイダイビングをしてみてもいいですし、全力で踊ってみてもいいのです。

やりたいことはたくさんあるはずです。
いつかきっとやろうと思っている内に、私たちは死んでしまうのです。

「でも、辛いことを我慢して努力するからいい人生になるんだ」という人がいます。
本当に我慢した人が幸せな人生を生きているか統計をとったのでしょうか?まず、統計をとったことはないでしょう。

なぜなら、実際に統計データをとって、「我慢することと、人生に成功することに因果関係は認められない」という実験データがあるのです。

これは、マシュマロ実験の再現試験をした時にわかりました。
マシュマロ実験とは、子供の目の前にマシュマロを一つ置いて、食べずに我慢していたら後でもう一つあげるという実験です。
我慢できずに食べてしまった子と、我慢した子の将来の違いを計測した実験です。この実験によれば、我慢した人の方が年収が高いという結果になりました。
ここで問題なのは、今の時代もそれが言えるかどうかということです。
この実験は、大量生産大量消費の時代でとにかく一生懸命働けばたくさん稼げるという時代でした。

ですが、今の時代は働けばお金持ちになれるなんてのは幻想でしかありません。
そこで、この実験の再現試験を行った人がいました。

その結果、我慢した子供とできなかった子供に年収の差はないことがわかりました。
それよりも、幼少期に裕福な生活をしていた子供ほど将来の年収が高くなる傾向があったそうです。

我慢して幸せになるなんてのは幻想なのです。
今、幸せになるために行動しなくてはいけないのです。

2. 人生は一回しかない

人生は一度きりだ。人生は一度きりだ。人生は一度きりだ。
何度言っても誰も信じようとしない!
いったいどうして、そこそこの人生で満足しようとするのかわかりません。

想像してみてください。あなたはこれから地球に生まれようとして、今まさに神様の前にいるとします。
神様はあなたに最高の人生とそこそこの人生のどちらを望むかと聞いてきます。
さぁ、あなたは何て答えるのですか?

もちろん、最高の人生でしょう!

あなたは、天国で最高の人生を望むと言って生まれてきたのです。

ただし、勘違いしてはいけません。神様はどちらの人生を望むかと聞いただけで、叶えてあげるとは言っていないのです。

最高の人生を作るのは自分自身です。

にも関わらず、なぜそこそこの人生を生きようとするのですか?

今すぐ最高の人生を生きようと決意しましょう!

3. いつ死ぬかは誰にもわからない

これがもっとも信じられていない事実です。
私やあなたは「いつ死ぬかわからない」のです!

自分は病気もしていないし危ないこともしていないから、突然死ぬわけがないと言うかもしれません。

年間の交通事故による死者の数を知っていますか?
統計に出ていませんが、交通事故を含め突然死んでしまった人の数は少なくありません。

では、なぜあなただけは大丈夫だと言えるのですか?

はっきり言ってそれは勘違いです。

私もあなたもこの記事を読み終わる頃には死んでいるのかも知れません。

もしかしたら、今日が最後の命かも知れません。

もしかしたら、あと100年生きるかも知れません。

答えは誰にもわからないのです!

「いつかきっと幸せになれる」と思っている内に、いつの間にか死んでしまうかも知れないんですよ?
「いつか」ではなく、「今」幸せになるために努力しなくて本当にいいのですか?

あなたは今日死ぬとしたら、最高の人生だったと胸を張れるのですか??

本当に死ぬことを理解しているのですか?

今!この瞬間をもっと全力で、情熱的に、愛情深く、感動的に生きようではありませんか!

だって、いつ死ぬかわからないのですから。

死ぬことは免罪符ではない

日本には昔、切腹という文化がありました。
要するに、「俺、死ぬから許してね」って文化です。

でもね、私たちは誰かに許されるために生まれてきた訳ではありません。
死ぬことは何の免罪符にもならないのです。

散々、いつ死ぬかわからないから我慢するなと言ってきましたが、何をしてもいいわけではないのです。

どうせ死ぬから、欲望のママに生きてやるぜ!と言うのは人間として愚かと言わざるを得ません。

私たちは、生きている間もそして死んだ後も自分の人生に責任を持たなくてはならないのです。

輪廻転生とか、天国がどうとか言うつもりはありません。

私たちの普遍的な幸せとは、あらゆる生き物に貢献することなのです。

幸せの形は人それぞれですが、科学的にも歴史を見ても誰かに貢献することを幸せと感じるのは間違いないのです。

誰かに貢献することが、自分の幸せに責任を持つと言うことなのです。

もちろん、欲望を満たすことも大切なことです。
それと同時に人類に、難しければ近しい人だけにでも貢献できるよう努力しなければいけません。

人は、苦しみと幸せの両方を感じながら生きています。

確実に死に向かいながらも、自らの手で幸せを作り出して行かなければいけないのです。

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